距離別料金制の技術的理由
かつて固定電話の通話料金は、発信地と着信地の距離によって大きく異なりました。市内通話は 3 分 10 円なのに、東京から大阪への通話は 3 分 400 円もする。この価格差は不合理に見えますが、アナログ電話網の技術的な制約に基づく合理的な料金設定でした。
アナログ電話網 (PSTN) では、通話は物理的な銅線 (メタル回線) を通じて伝送されます。市内通話であれば、発信者と着信者は同じ電話局 (交換機) に収容されているため、交換機内で回線を接続するだけで通話が成立します。しかし、遠距離通話では複数の中継交換機を経由する必要があります。東京から大阪への通話であれば、東京の市内交換機 → 東京の市外交換機 → 中継交換機 (複数) → 大阪の市外交換機 → 大阪の市内交換機という経路を辿ります。
各中継交換機には設備の維持費、電力費、人件費がかかります。また、中継回線 (トランク) は同時に使用できる通話数に限りがあるため、需要の高い区間では大量の回線を敷設する必要がありました。距離が遠いほど経由する交換機の数が増え、使用する中継回線も長くなるため、コストが積み上がっていったのです。電話番号の仕組みを理解すると、この構造がより明確になります。
3 分 10 円の市内通話
日本の固定電話の市内通話料金は、長らく「3 分 10 円」が基本でした。この料金は 1972 年の電電公社 (現 NTT) の料金改定で設定され、その後数十年にわたって据え置かれました。市内通話が安価だった理由は、前述のとおり中継交換機を経由しないため設備コストが低かったことに加え、電電公社 (後の NTT) が「ユニバーサルサービス」の理念のもと、国民の基本的な通信手段として市内通話を低廉に提供する方針を採っていたためです。
「3 分 10 円」という単位は、公衆電話の料金体系とも連動していました。公衆電話に 10 円硬貨を投入すると市内通話が 3 分間できるという分かりやすい仕組みは、日本の電話文化に深く根付きました。なお、この「3 分」という単位は課金の最小単位であり、3 分 1 秒の通話でも 20 円が課金される仕組みでした。
遠距離通話の高額料金
距離区分と料金表
NTT の距離別料金制では、発信地と着信地の距離に応じて複数の料金区分が設定されていました。1990 年代の料金体系を例にとると、市内 (同一市外局番内) は 3 分 10 円、隣接区域 (〜20 km) は 3 分 20〜30 円、〜60 km は 3 分 40〜60 円、〜100 km は 3 分 80〜100 円、100 km 超は 3 分 120〜180 円、最遠距離 (東京-沖縄など) は 3 分 360〜400 円でした。
つまり、最も安い市内通話と最も高い遠距離通話では、同じ 3 分間の通話でも 40 倍もの価格差がありました。この価格差は、長距離電話が「贅沢品」として認識される一因となり、「長電話は電話代がかかる」という意識を日本人に植え付けました。
長距離通話の節約術
遠距離通話の高額料金を節約するため、さまざまな工夫が生まれました。深夜・早朝割引 (23 時〜翌 8 時は最大 40% 割引) を利用して夜間に電話する、用件を事前にメモして通話時間を短縮する、手紙やはがきで済む用件は電話しないなど、通話料金を意識した行動が一般的でした。
1990 年代後半には、NTT 以外の通信事業者 (日本テレコム、KDDI の前身である DDI など) が長距離通話市場に参入し、「マイライン」制度により利用者が通信事業者を選択できるようになりました。事業者間の競争により、長距離通話料金は徐々に引き下げられていきました。
NTT の料金改定の歴史
NTT (およびその前身の電電公社) の通話料金は、技術革新と市場競争に応じて段階的に改定されてきました。主要な改定を時系列で振り返ります。
- 1953 年: 市内通話 1 通話 7 円 (時間無制限) の料金体系が導入される
- 1972 年: 市内通話が「3 分 7 円」の時間制に移行。遠距離通話の料金区分も整備される
- 1976 年: 市内通話が「3 分 10 円」に改定。この料金が長期間据え置かれる
- 1985 年: 電電公社が民営化され NTT が発足。通信自由化により新規事業者が参入
- 1993 年: 遠距離通話料金の大幅引き下げ。東京-大阪間が 3 分 180 円に
- 1999 年: NTT 再編 (NTT 東日本・西日本・コミュニケーションズに分割)
- 2001 年: マイライン制度開始。利用者が通信事業者を選択可能に
- 2004 年: ひかり電話サービス開始。全国一律 3 分 8 円の料金体系を導入
- 2024 年: PSTN のメタル IP 化完了。固定電話の通話料金が全国一律に
約 70 年の歴史の中で、通話料金は「距離に比例する従量制」から「距離に関係ない定額制」へと大きく変化しました。この変化の最大の要因が、次に述べる IP 化です。
IP 化による距離無関係化
2024 年 1 月、NTT は固定電話網の IP 化 (メタル IP 化) を完了しました。これにより、従来のアナログ交換機を経由する通話方式から、IP (インターネットプロトコル) ベースの通話方式に全面移行しました。IP 網では、音声データはパケットに分割されてインターネットと同じ仕組みで伝送されるため、物理的な距離による中継コストの差がほぼなくなります。
IP 化後の NTT 固定電話の通話料金は、全国一律で 3 分 9.35 円 (税込) に統一されました。かつて 3 分 400 円だった東京-沖縄間の通話が、市内通話とほぼ同じ料金で利用できるようになったのです。VoIP の基礎知識で解説しているとおり、IP 技術は通信コストの構造を根本から変えました。
ひかり電話は IP 化の先駆けとして 2004 年にサービスを開始し、当初から全国一律 3 分 8 円 (税込 8.8 円) の料金体系を採用していました。ひかり電話の普及が進むにつれ、距離別料金制のアナログ回線から乗り換える利用者が増加し、結果として NTT のアナログ回線の契約数は減少の一途を辿りました。固定電話の解約を検討する際のポイントも参考にしてください。
テレホーダイの思い出
距離別料金制の時代を語る上で欠かせないのが、NTT が 1995 年に開始した「テレホーダイ」です。テレホーダイは、指定した 1〜2 つの電話番号への通話が、深夜・早朝 (23 時〜翌 8 時) に限り定額になるサービスでした。月額 1,800 円 (市内の場合) で、指定番号への通話が時間無制限になるこのサービスは、インターネット黎明期の日本で爆発的に普及しました。
当時のインターネット接続はダイヤルアップ方式が主流で、プロバイダのアクセスポイントに電話をかけて接続する仕組みでした。テレホーダイがなければ、インターネットに接続するたびに通話料金が発生するため、長時間の利用は経済的に困難でした。テレホーダイの開始時刻である 23 時になると一斉にインターネットに接続する「テレホタイム」は、1990 年代後半のインターネット文化を象徴する現象でした。
テレホーダイは 2023 年 1 月にサービスを終了しました。ADSL やブロードバンドの普及により、ダイヤルアップ接続自体が過去のものとなったためです。しかし、テレホーダイが日本のインターネット普及に果たした役割は大きく、「通信料金の定額化」という概念を一般消費者に浸透させた功績は計り知れません。おしゃれな固定電話機を探している方も、かつての電話文化に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
現在の固定電話料金と今後の展望
IP 化が完了した現在、固定電話の通話料金は距離による差がほぼなくなりました。NTT 東日本・西日本の固定電話 (加入電話) は全国一律 3 分 9.35 円、ひかり電話は全国一律 3 分 8.8 円です。携帯電話への通話は 1 分 17.6 円 (ひかり電話の場合) で、こちらも距離に関係なく一律です。
今後の展望としては、固定電話の契約数自体が減少を続けており、NTT の加入電話契約数は 2024 年時点で約 1,400 万件と、ピーク時 (1997 年の約 6,300 万件) の 4 分の 1 以下にまで減少しています。携帯電話やインターネット通話 (LINE 通話、Zoom など) の普及により、固定電話の役割は縮小しつつあります。
それでも、電話番号がゼロから始まる理由に象徴されるように、固定電話の技術と文化は日本の通信インフラの基盤として今なお重要な位置を占めています。距離別料金制の歴史を知ることは、現在の通信環境がいかに恵まれているかを実感する機会にもなるでしょう。