被害者は「騙されやすい人」ではない
電話詐欺の被害者と聞くと、「判断力が衰えた高齢者」「世間知らずな人」というイメージを持つ人が多いでしょう。しかし、実際の被害者像はそのイメージとは大きく異なります。警察庁の被害者調査によると、振り込め詐欺を含む特殊詐欺の被害者の約 3 割は「自分は詐欺に遭わないと思っていた」と回答しています。さらに、被害者の中には元銀行員、教師、医師など、社会的地位の高い職業に就いていた人も少なくありません。
イギリスの犯罪学者エクスター大学の研究チームが 2019 年に発表した論文では、詐欺被害者の知能指数 (IQ) は一般人口と有意な差がなかったと報告されています。つまり、「頭が良い・悪い」は詐欺被害のリスク要因ではないのです。では、何が被害者に共通する特徴なのでしょうか。
被害者に共通する 5 つの心理的特徴
1. 過信バイアス - 「自分は大丈夫」
最も危険な心理的特徴は、「自分は詐欺に遭わない」という過信です。心理学では「楽観バイアス」と呼ばれるこの傾向は、自分にとって都合の悪い出来事の確率を過小評価する認知の歪みです。高齢者の詐欺被害の心理でも解説していますが、「自分は騙されない」と強く信じている人ほど、実際に詐欺の電話がかかってきたときに「これは本物だ」と判断してしまう傾向があります。
過信バイアスが強い人は、詐欺の手口を学ぶ機会があっても「自分には関係ない」と受け流してしまいます。結果として、実際に詐欺の電話を受けたときに対処法を知らず、犯人のシナリオに乗せられてしまうのです。
2. 権威への服従 - 「警察や役所の人が言うなら」
人間には権威ある存在の指示に従いやすい心理傾向があります。社会心理学者スタンレー・ミルグラムの有名な実験 (1963 年) が示したように、「権威者の指示」というだけで、人は通常では考えられない行動を取ることがあります。
電話詐欺の犯人は、この心理を巧みに利用します。「警察の○○です」「市役所の○○課です」「銀行の不正利用対策室です」と名乗ることで、相手に権威への服従を引き起こします。官公庁を装う詐欺が後を絶たないのは、この心理メカニズムが極めて効果的だからです。
3. 社会的孤立 - 相談相手がいない
詐欺被害者の多くは、電話を受けてから送金するまでの間に誰にも相談していません。一人暮らしの高齢者はもちろん、家族と同居していても「心配をかけたくない」「恥ずかしい」という理由で相談しないケースが多いのです。被害者が沈黙する理由は複雑ですが、相談相手の不在は被害を拡大させる最大の要因の一つです。
4. 時間的切迫感への弱さ - 「今すぐ」に弱い
「今日中に手続きしないと口座が凍結されます」「30 分以内に振り込まないと逮捕されます」。詐欺の電話には必ずといっていいほど、時間制限が設けられています。これは「時間的切迫感」を利用した心理テクニックです。
人間は時間的プレッシャーを感じると、情報を十分に吟味せずに直感的な判断に頼る傾向があります。普段なら「おかしい」と気づくような矛盾点も、「急がなければ」という焦りの中では見落としてしまいます。ワン切り詐欺のように折り返しを誘う手口も同様の心理を突いています。犯人は意図的にこの状態を作り出しているのです。
5. 善良さと責任感 - 「迷惑をかけたくない」
意外に思われるかもしれませんが、善良で責任感の強い人ほど詐欺に遭いやすい傾向があります。「あなたの口座が犯罪に使われています」と言われたとき、「大変だ、迷惑をかけてはいけない」と感じる人は、犯人の指示に従いやすくなります。「息子が事故を起こした」と言われたとき、「何とかしてあげなければ」と感じる親心も同様です。
犯人は被害者の善良さを逆手に取り、「あなたが行動しないと大変なことになる」という構図を作り上げます。犯罪心理学の入門書を読むと、こうした心理操作のメカニズムがより深く理解できます。
「自分は大丈夫」を疑うことが最大の防御
電話詐欺から身を守る最も効果的な方法は、「自分も騙される可能性がある」と認めることです。過信バイアスを自覚するだけで、不審な電話に対する警戒心が格段に高まります。
- 「一度切って確認する」を習慣にする: どんなに緊急を装う電話でも、一度切って公式の番号にかけ直す。犯人は「電話を切らないでください」と言うが、本物の警察や銀行は折り返しを拒否しない
- 家族との合言葉を決めておく: 「息子を装う電話」に備えて、家族だけが知る合言葉を決めておく
- 留守番電話を常時 ON にする: 犯人は録音を嫌うため、留守番電話が最初の防壁になる
- 「おかしいな」と思ったら #9110 に相談: 警察相談専用電話は 24 時間対応ではないが、不審な電話の相談を受け付けている
詐欺に遭うことは恥ずかしいことではありません。犯人は心理学を駆使したプロフェッショナルであり、誰でも被害者になり得ます。「自分は大丈夫」という思い込みを捨てることが、最大の防御策です。
被害者を責めない社会へ
電話詐欺の被害者が直面する苦しみは、金銭的な損失だけではありません。被害に遭った後に周囲から「なぜ騙されたのか」「注意が足りなかったのでは」と責められる「二次被害」が、被害者の心をさらに深く傷つけます。被害者が沈黙する理由でも解説しているとおり、この二次被害への恐怖が、被害の申告をためらわせる最大の要因です。
テレビの詐欺特集で「こんな手口に引っかかるなんて信じられない」というコメントが飛び交う光景は、被害者にとって「自分も同じように見られる」という恐怖を強化します。しかし、本記事で解説したとおり、詐欺被害は知能や判断力の問題ではなく、人間の心理的弱点を突くプロの犯罪者による攻撃の結果です。被害者を責めることは、犯罪者の側に立つ行為に等しいのです。
家族ができること
高齢の家族が詐欺被害に遭った場合、最も重要なのは「あなたは悪くない」と伝えることです。被害者は既に深い自責の念を抱えており、家族からの非難はうつ状態や引きこもりの原因になります。まず心理的な安全を確保した上で、警察への届け出や金融機関への連絡など、具体的な対処を一緒に進めましょう。
日頃からできる予防策としては、家族間で詐欺の手口を話題にする習慣をつけることが効果的です。「こんなニュースがあったよ」と軽い話題として共有することで、万が一の際に相談しやすい雰囲気を作れます。週に 1 回以上の電話連絡を習慣化し、「最近変な電話はなかった?」と自然に確認することも、被害の早期発見につながります。通話履歴を定期的に確認する習慣も有効です。
被害者支援の現状
日本では、電話詐欺の被害者を支援する公的な仕組みがいくつか整備されています。警察相談専用電話 (#9110) では被害の相談を受け付けており、消費者ホットライン (188) では消費生活センターの専門相談員が対応します。法テラス (0570-078374) では、経済的に余裕のない方を対象に無料の法律相談を提供しています。
しかし、心理的なケアの面では支援が十分とは言えません。詐欺被害後に PTSD に似た症状 (電話の着信音への恐怖、不眠、食欲不振) を呈する被害者も少なくありませんが、専門的な心理カウンセリングを受けられる窓口は限られています。一部の自治体では被害者支援団体と連携した相談窓口を設けていますが、全国的な普及には至っていません。被害に遭った方やそのご家族は、まず #9110 に相談し、必要に応じて心療内科の受診も検討してください。
社会全体として「騙される方が悪い」という風潮を改め、被害者が安心して声を上げられる環境を作ることが、詐欺被害の減少につながります。あなたの身近な人が被害に遭ったとき、最初にかける言葉が「なぜ騙されたの」ではなく「話してくれてありがとう」であることが、被害者の回復の第一歩になるのです。