ある日突然かかってきた電話
2024 年 11 月のある平日の午後 2 時頃、都内在住の田中さん (仮名、60 代男性) の固定電話が鳴りました。受話器を取ると、若い男性の声で「お父さん、俺だけど」と言われました。田中さんには 30 代の息子がいますが、声に違和感を覚えました。「風邪をひいて声がおかしいんだ」と相手は言いましたが、田中さんは息子の口癖である「あのさ」が一度も出てこないことに気づきました。
田中さんは「これは詐欺かもしれない」と直感しましたが、電話を切らずに会話を続けることにしました。理由は 2 つ。犯人の手口を知りたかったことと、自分が電話に付き合っている間は犯人が他の人に電話をかけられないと考えたからです。
犯人の手口 - 時系列で再現
0〜5 分: 信頼関係の構築
犯人は「最近仕事が忙しくて全然連絡できなくてごめん」と切り出しました。田中さんが「元気にしてたか?」と聞くと、「まあまあかな」と曖昧に答えます。具体的な話題には踏み込まず、当たり障りのない会話で「息子である」という前提を固めようとしていました。
田中さんは試しに「この前の日曜日、一緒に行った店はどうだった?」と聞いてみました (実際には一緒に出かけていません)。犯人は「ああ、あそこね。まあまあだったよ」と答えました。番号偽装で本物の息子の番号を表示していた可能性もありますが、この時点で田中さんは詐欺を確信しました。
5〜15 分: 問題の提示
犯人は声のトーンを急に落とし、「実は大変なことになった」と言いました。「会社の金を使い込んでしまった。300 万円を今日中に返さないと警察に届けられる」。振り込め詐欺の典型的なパターンです。
田中さんが「300 万円か、大変だな」と相槌を打つと、犯人は「お父さんに迷惑かけたくないんだけど、他に頼れる人がいなくて」と泣き声を演じ始めました。田中さんは内心「なかなかの演技力だ」と感心しつつ、「それで、どうすればいいんだ?」と話を進めました。
15〜25 分: 解決策の提示と誘導
犯人は「上司が直接お父さんに説明したいと言っている」と言い、電話を別の人物に代わりました。低い声の男性が「○○会社の△△と申します。息子さんの件でご迷惑をおかけしております」と丁寧に話し始めました。この「上司役」は、田中さんに現金を用意させるための役割です。
上司役は「今日中に 300 万円をお支払いいただければ、会社としては穏便に済ませます。警察沙汰にはしません」と言いました。そして「息子さんの同僚が受け取りに伺います」と、現金の受け渡し方法を提示しました。受け子を派遣する手口です。
25〜40 分: 田中さんの逆質問
ここから田中さんは攻勢に転じました。「会社名をもう一度教えてください」「部署名は?」「会社の代表電話番号は?」と矢継ぎ早に質問しました。上司役は会社名と部署名は答えましたが、代表電話番号を聞かれると「今は出先なので手元にありません」と言い訳をしました。
田中さんはさらに「では、会社の Web サイトの URL を教えてください」「息子の社員番号は?」「入社年月日は?」と質問を続けました。犯人は次第に返答に詰まるようになり、最終的に「もう一度息子さんに代わります」と言って電話を切りました。通話時間は約 40 分でした。
田中さんが詐欺を見破れた理由
田中さんに話を聞くと、詐欺を見破れた理由として以下の点を挙げました。
- 息子の口癖を知っていた: 息子は話の冒頭に必ず「あのさ」と言う癖がある。犯人にはそれがなかった
- 存在しない出来事で確認した: 「一緒に行った店」という架空の話題に犯人が同意したことで確信を得た
- 事前に詐欺の手口を知っていた: テレビや新聞で特殊詐欺の手口を見聞きしており、パターンを認識できた
- 冷静さを保てた: 「詐欺かもしれない」と思った時点で感情的にならず、観察者の立場に切り替えられた
詐欺に遭いやすい人の特徴の裏返しとして、「自分も騙される可能性がある」と認識しつつ、冷静に対処できたことが決め手でした。
この体験から学べること
田中さんの体験は、詐欺の電話に対する具体的な対処法を教えてくれます。
- 家族しか知らない情報で確認する: 口癖、呼び方、共通の思い出など、犯人が知り得ない情報で本人確認する
- 架空の話題を振る: 存在しない出来事について聞き、相手が同意するかどうかで判断する
- 具体的な質問を重ねる: 会社名、電話番号、Web サイトなど、検証可能な情報を求める。犯人は具体的な質問に弱い
- 一度電話を切ってかけ直す: 最も確実な方法は、電話を切って息子本人の携帯電話にかけ直すこと
田中さんは「40 分間付き合ったのは、その間に犯人が他の人を騙せないようにするためでもあった」と語っています。ただし、警察は「詐欺だと気づいたらすぐに電話を切って通報してください」と呼びかけています。犯人との長時間の会話は、逆に個人情報を引き出されるリスクもあるためです。詐欺の通報方法を事前に確認しておきましょう。おすすめのノンフィクションで実際の詐欺事件を学ぶことも、防犯意識の向上に役立ちます。
田中さんのその後
40 分間の通話を終えた田中さんは、すぐに行動を起こしました。その後の対応は、詐欺電話を受けた際の模範的な事後対処として参考になります。
警察への通報
通話終了後、田中さんはまず息子本人の携帯電話に連絡し、無事を確認しました。その上で、警察相談専用電話 (#9110) に電話し、詐欺電話の内容を報告しました。着信履歴に残っていた発信元番号、通話の時間帯、犯人が名乗った会社名と担当者名、要求された金額などを詳細に伝えました。警察からは「貴重な情報提供に感謝します。同様の手口が地域で多発しているため、捜査に活用させていただきます」との回答がありました。田中さんの通報は、同じ番号から電話を受けた他の被害者の情報と照合され、犯行グループの特定に役立てられています。
家族との情報共有
田中さんは翌日、息子夫婦と娘家族を集めて食事会を開き、詐欺電話の体験を共有しました。「風邪で声が変わった」という言い訳のパターン、上司役が登場する劇場型の手口、「今日中に」と急かす時間的プレッシャーなど、具体的な手口を家族全員に伝えました。この場で家族間の合言葉を新たに設定し、電話で金銭の話が出た場合は必ず合言葉を確認するルールを決めました。田中さんの妻 (70 代) は「私だったら騙されていたかもしれない。具体的な手口を聞けてよかった」と話しています。
防犯対策の強化
田中さんはこの体験をきっかけに、自宅の固定電話に留守番電話を常時設定する運用に切り替えました。知らない番号からの着信には出ず、留守番電話のメッセージを確認してから折り返す習慣を徹底しています。また、通話録音機能付きの電話機への買い替えも検討中です。「40 分間の体験で、詐欺犯の手口がリアルに分かった。知識として知っているのと、実際に体験するのでは全く違う」と田中さんは振り返ります。
地域の防犯活動への参加
田中さんは地元の町内会で防犯委員を務めることになり、自身の体験を高齢者向けの防犯講座で語る活動を始めました。「教科書的な説明よりも、実際に犯人とやり取りした生の体験談の方が、参加者の心に響く」と田中さんは言います。講座では、犯人が使った具体的なセリフ、声のトーンの変化、上司役への切り替えのタイミングなどを再現し、参加者が「自分ならどう対応するか」を考えるワークショップ形式で進めています。参加した 80 代の女性は「こんなに巧妙だとは思わなかった。合言葉を孫と決めます」と感想を述べました。田中さんの活動は地域の迷惑電話対策と防犯意識の向上に貢献しており、町内会での詐欺被害は活動開始後ゼロを維持しています。